インドネシアで別居婚!?駐在妻なのにフリーランス!?「夫について行く」のいろいろなカタチ。

2019.05.30

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Manami Kameoka

大学卒業後、地元の地銀に就職。
入社後、個人向け営業を経験し実績を重ね、その実績と将来性を見込まれ東京支店に赴任。
これをきっかけに視野が一気に広がり、さらなる活躍の場を求めアクセンチュアに転職。
上流工程を経験し仕事の面白さと奥深さを知る。
その後、楽天証券でのマネジメント、新たなトライアルとしてセラピスト、TSUTAYAでのベンチャー支援などを経験。
2017年秋、インドネシアと京都を行き来する大学院生のパートナーとの暮らしを続けたいがためにフリーランスとなる。

2017年、TSUTAYAが関西大学と共同運営を行う起業支援施設大阪に開設するSTARTUP CAFÉ大阪のイベントに筆者が登壇したご縁で出会う。
当時の印象は「とても落ち着かれた雰囲気でてきぱきと現場をまわす」デキる女性。
イベント当日も色々とサポートいただき心地よくしゃべらせてもらった記憶が残る。
そんなKameokaさんが結婚を機にインドネシアと京都の二拠点生活をしていることを知り、ゆかりのあるSTARTUP CAFEでお話を聞いた。

海外への強い想いは全くなかった

Interviewer現在インドネシアと日本の半々で生活されていますが、海外で働くことは昔から考えていましたか?

Kameokaいえ、まったく(笑)海外に対しては「旅行、買い物、リゾート」という感じで、そのためにもとにかくしっかりとキャリアを積んで収入を安定させることを考えていました(笑)それで大学卒業後は地元の銀行に総合職で就職。それから、何度か人生の転機があって今に至るのですが、最初の転機は当時勤めていた地銀での「東京赴任」になると思います。

Interviewerキャリアにも影響があったわけですね。

Kameoka当時は個人のお客様を担当していたのですが売上目標として「数億円」という数字が設定されていました。日々業務に邁進するわけですが、実感も納得もできていないから本気になれない。でも、そんな自覚があるのに先輩やお客様に恵まれて月の数字を達成できてしまったりする。そんな内心悶々とする私に人事の方が目をかけてくださって、2年目で東京赴任のチャンスをいただくことができました。
そこで自分の世界が変わる感覚を実感しました。

Interviewer何がそう感じさせたんでしょう。

Kameoka東京で仕事で出会った方々とのやり取りなどがとても貴重な経験になりました。お会いする方々の人数や企業規模にも変化がでて、一気に視野が広がって、もっともっと東京で、仕事を通して仕事の本質に触れたいと思えるような変化がありました。

Interviewerその結果、転職を決意してしまう(笑)

Kameoka目をかけていただいた方々には大変申し訳ない結果となったのですが、3年目で次の場所を求めて転職活動を開始。アクセンチュアに入社します。
アクセンチュアでは、銀行、証券会社など前職のノウハウが活かせるクライアントの担当になるのですが、銀行員時代とは違って上流工程に携わることができたことが、大きなステップアップになったと今でも思います。
また、このタイミングが「自分は仕事を通して何がしたいのか、何ができるのか」を真剣に問いかけ始めた貴重な期間になりました。

その後27歳の時に楽天証券に転職。
新卒で金融を学び、アクセンチュアでITに本格的に触れたのですが、その2つの経験が活かせる場としてネット証券の会社を選びました。

これまでのキャリアを活かす働き方の先にあった自分のコアスキル

Interviewerこれまでの経験が全て活かせる環境ですね。

Kameokaはい。楽天証券ではこれまでの経験やスキルが活かせると思い入社しました。
会社もそこを見越して新たなポジションを作ってくださり「マネジメント」が体感できる環境も提供してくれました。
ただ、ここで改めて自分の業務志向を知ることになります。
組織がちょうど生まれ変わろうとする中でいくつものプロジェクトが立ち上がり、そこで働くことは良い経験にはなったのですが、自分の力不足を感じる状況でもあり。
本当に泣きたくなることも多々あり、忘れていた結婚願望が出てきたのはこの頃です(笑)

Interviewer結婚願望!それが新たな気づきに?

Kameokaいえ(笑)それも新たな発見だったのですが、やはりプレイヤーでいたい自分を強く感じて。
楽天証券では大半を福岡勤務で過ごしていたのですが、そのあたりに悩んでいるうちに今の主人と知り合います。
当時主人は公務員をしながら大学院を目指していました。
仕事を辞めてまで大学院に行き、将来は海外で研究の路に進むという話を聞き「私、将来この人と海外で生活するかも。」とうっすら考えるようになりました。

Interviewer海外が身近なものになってくる感じですね。

Kameoka今までスキルアップや安定をメインに考えていたのですが、「海外でもできる仕事ってなんだろう」と初めて考えるようになりました。また、チャレンジをしようとする彼に感化されたこともあり、浮かんできたのがアロマセラピストでした。
セラピストは「もし大学に行かなかったらやってみたかった仕事」でもあり、本業の傍ら関連資格を取得したり、講習会などにも参加してたんです。
ただ、就職してみると、想像していた以上に体力が必要な職業で。最長で5時間連続のコースなどを受け持ったりと、今までで一番きつく、自分には合わない仕事でした。
結果2か月で退職するのですが「やりたいこと」「出来ること」「やるべきこと」をしっかり考えないとダメだと再認識した時期でもあります。

Interviewerご自身の働き方への考え方にも影響が?

Kameokaまず、今までのキャリアを改めて棚卸しました。転職を何度もしているので人材会社のアドバイザーの方と整理してきたつもりでいたものの、それは職務経歴書上の「外向け」の自分。リアルな自分を見つめることを怠っていたと反省しました。それと同時に、同じような悩みを抱えている人の力になれないかと、一旦「旦那様と海外へ行くかも」という考えは脇に置いて(笑)、人の転機やキャリア形成に関わる仕事をすると目標を立てました。

ちょうどこのころ主人が京都にある大学院に合格。
福岡から京都へ引っ越し、関西圏でキャリア形成に関われる仕事を探した時にSTARTUP CAFÉ大阪の立上げスタッフ兼コーディネーターとして採用していただき、インドネシアに拠点を移すまでの1年1か月、現場でキャリアに関わる仕事を担当することができました。
STARUP CAFÉ大阪での仕事は本当に自分のやりたかった仕事で、なかなかこんな仕事ありませんので、辞めることについてとても悩んだのですが、主人との生活を最優先事項にして選択をしました。ここで利用者様やイベント登壇してくださった方々から学んだことはフリーランスになってからも、沢山活かせています。

現地でのお試し生活。実際にやっていけるかを見極める

Interviewer退職後はすぐにインドネシアに?

Kameoka主人は本格的にインドネシアに行っていたので、私もまずは「生活に適応できるか」を試してみるため、2か月間と期間を区切って行ってみることにしました。
場所はインドネシアのプカンバルという人口100万人規模の街です。

Interviewer初めてのインドネシアで地方都市ですか。言葉は?

Kameokaその町ではインドネシア語しか通じず、私も日本語しか話せませんでした(笑)プカンバルの人たちが簡単な英単語すら知らないのには参りましたが、持参したインドネシア単語帳を使ってコミュニケーションを取りました。Google翻訳はあんまり使えなくて(笑)海外旅行がもともと好きなのでそのあたりは臨機応変に対応していた感じです。

Interviewerちょっとしたイベントですね(笑)

Kameoka日本人女性がとてもめずらしいようで、タクシーに乗っても街を歩いていても、声を掛けられたり、知らない間に写真を撮ってインスタにアップされたり、子供たちにもみくちゃにされたりしています(笑)

美人のことを「チャンティック」というのですが、インドネシアでは色が白いと「チャンティック」なようで、美人扱いをしてもらえて幸せですね(笑)

また、裕福な人は少ないですが、ストリートチルドレンなどは見かけたことがなく、治安が良い街ということも意外でした。旅行で行くような場所では貧富の差を目の当たりにすることが多かったので。

慣れるまで時間がかかったのは初対面でもプライベートに関して色々質問されること。
年齢はもちろん、結婚しているの?子供は何人?どこに住んでいるの?など、特に私に対してだけという訳ではなく、挨拶の次の単純な質問として根掘り葉掘り聞き合うんです。これはちょっとしたカルチャーショックでした。あと、人との距離感がとても近い。同性や子供であれば、顔がくっつきそうな距離で話しかけられますので、はじめは戸惑っていました。

とにかく、この2か月のお試し期間で学んだことは沢山あります。
頭で色々考えているだけでわからなかったことばかりだったので、時間的、金銭的に可能であれば、一度住んでみることをお勧めしたいです。

中でも、「不便さ」をしっかり体感しました。お店でも住居でも「ここはインドネシアなんだ」と思うことが多々起こり、このあたりは受け身な日本人、信じやすい人には結構大変な環境だと感じました。

例えば、プカンバルでは日本のように公共交通機関が発達していないので、誰かとコミュニケーションを取らないと移動すらできないです。タクシーは値段交渉が必要で面倒なので、GrabやGojekといった配車アプリを利用しているのですが、地図アプリを一緒に見ながら道案内してあげないと目的地にたどり着けなかったり(笑)

Interviewerお金を払って、道案内までしないと、買い物にも行けないという不便さ(笑)

Kameokaもちろん、英語は通じないのでインドネシア語です。他にも、街のレストランでも油断していると腐っているものや虫が付いた野菜が普通に出てくるので、日本だと必要ないですが匂いを嗅いだり、裏側を見て虫がいないことを確認するなどして安全なことを確かめてから口にしています。

Interviewerそして、旦那さまとインドネシアで別居されているとか。

Kameokaついて行ったのに、別々に暮らすってちょっと面白いですよね(笑)主人は企業に所属していない普通の大学院生なので、博士課程のための3年間は私が大黒柱となって働く約束をしています。

そんな主人は、プカンバルからさらに車で5時間かかる超ローカルな村に研究拠点を作って生活しています。そして会議などがある時にはプカンバルに戻ってくるという暮らし。そのため、2か月のお試し期間中も2週間くらい一緒にいただけで(笑)本格的に渡航を始めた後も、1ヶ月のうち1週間一緒にいられたらラッキーくらいの生活をしています。

私のフリーランスとしての仕事はネット回線が必須なので、主人の住む村へはオフの日しか行けないです。

Interviewer旦那さまも色々とご心配されてるんじゃないですか。

Kameoka私がプカンバルで1人暮らしをしているので、マンションの入り口にはオートロックが付いているところを選んだり、夜は絶対に出歩かないようにしたり、現地の富裕層の方から安全対策を聞いて、それらをマネして安全確保しています。

インドネシア語自体は、言語的には簡単なこともあり、お試しの2か月間で日常会話はある程度できるようになりました。「話せないと生活できない」となると、語学って身につくものなんだなと実感しましたね。

ほぼ独学ですが、今では現地の友人と食事に行ける程度に。
実際、住んで2週間くらいでタクシーやお店の注文も通じるようになりました。インドネシア人が優しくて一生懸命聞き取ろうとしてくれるというのもあり、「私ここで生きていける。大丈夫」と思いました。

Interviewerお試し期間で気づいたこと。

Kameokaまず、主人の研究に対するミッションや想いに改めて触れて、「主人と一緒にいたいという気持ちだけでついて行ったものの、主人が研究するにあたってお荷物にならないようにしたい」と思いました。
友達も作らずインドネシアで引きこもっていたら、主人の心配事を増やしてしまうということにも気づきましたので、現地の人たちと積極的にコミュニケーションをとったり、日中は外出したりするようにしています。
また、主人について行ったリアウ大学で、日本語学習をしている大学生に偶然会いました。彼に「日本で就職をしたいのだけどどうしたらいいの?」と相談されたのですが、話している間に大学にキャリアセンターがないこと、また、大学の先生方の就職支援への関心が低いこと、彼自身に意欲はあるものの日本語レベルが日本人からすると低すぎることなどを知り、キャリアに関する仕事をインドネシアでもできないかと考えるようになりました。

インドネシアでやりたいことを見つける

Kameokaインドネシアでもキャリア支援に携わることができるのではないか。この想いとインドネシアでの2か月の経験を、帰国した際に色んなところでお話しました。

ただ、やりたいことは見つかったのですが、現実的な話として、私たち夫婦は私が大黒柱なので、どうやって食べて行くのかを考えた時、会社勤めを辞めた私には、収入がゼロ。フリーランスとして何が売り物になるかもよくわからなくて。もう1回キャリアの棚卸しからやり直ししました。

それから、仕事をいただけそうな知り合いのところに挨拶回りをしたり、過去に勤めていた会社にも連絡をとったりして、日本に帰国してからイベント司会、インタビュアー、ライターといった「経験はないができそうな仕事」から、オフィススキルを使った資料作成や会議のファシリテーション、大学でのキャリアコンサルタントなど「経験もあってできる仕事」を中心に、少しずつフリーランスとしての経験値を積みました。

とはいえ、在宅でもできる仕事をコア部分に持たないとインドネシアに戻るたびに収入が減ってしまいます。そして、収入が安定しないと気持ちが安定しないということにも気付き、今は在宅でできる法人4社様からの収入と、日本に帰国した時にいくつかのお仕事をすることで、二拠点生活をしながら新規でビジネスを考えられるくらいにはなんとかなっています。

Interviewer環境が変わったことで気づいた新しい自分。

Kameokaこんな私を見て「奥さん、たくましいね」って旦那が周囲からよく言われるらしいのですが、インドネシアに行って、自分でも生活力があることに気付けました(笑)

また、インドネシアに行ったことで人に対する期待値がグッと下がり、優しくなれた気がします(笑)インドネシアの人たちはマイペースで人にも自分にも優しい分、お願いしたことをやってくれないこともしばしば。でも水浸しの道で通れなくて困っていると、自分の家の壁(木の板)を剥がして道を作ってくれたりとか、感激させられることの方が多いから、優しい気持ちで暮らせているのだと思います。

あとは、仕事の面で言うと、私たちの世代は本当に恵まれていると感じます。Facebookでダイレクトに連絡をとれたり、ChatworkでコミュニケーションをとってZOOMで会議したりと、ITを併用した働き方が広まり始めた風潮の中、20代を過ごしてきましたから。

どこにいるかに関係なくお仕事をいただける土壌があることは本当にありがたいと思っています。

また、起業支援に関わってきた私にとっての「起業」は、誰かの課題を解決するためのものでありたいと思っているのですが、自分の生活が成り立っていないのに、誰かを救ったり教育したりは違うんじゃないかな、、と感じていたので、まずはフリーランスとして自立することを目指し、達成したのがインドネシア1年目でした。

ライスワーク(生活するための仕事)とライフワーク(人生通してやりたい仕事)なんて言ったりしますが、まさにそんな1年。まだまだ手探りな仕事人生、インドネシア人生ですが、全部自分で選んだものですから。楽しんでいます。

Interviewer具体的にはどのようなライフワーク(人生通してやりたい仕事)を?

Kameokaきっかけは前述の、大学にキャリアセンターがないことに驚いたことが始まりです。だったら日本の大学にあるキャリアセンターの役割を提供できないかと。

私はインドネシア語も英語もビジネスレベルにないので、日本語学科で日本語を勉強している大学生250人を対象として、キャリア教育の授業をしたり、キャリア相談に乗ったりすることから始めています。4年生対象に調査をした際、将来日本で働きたいと考えている人は3割程度いることがわかりました。しかし、実際に働く子はほぼいないということもーー。

理由は大きく3つ。①日本で働くための情報が少ない、②日本で働くための能力や意識のギャップが大きい、③技能実習生として日本に行き、帰国した人たちからの悪評――

特に技能実習制度を利用したインドネシア人の実経験を聞いた学生や先生方が「日本に行くとストレスフルな生活を強いられるからインドネシアにいよう」という考えにさせてしまっている面があることに、驚きとショックを受けました。

もちろん技能実習生全体の話ではなく一部の人たちの話ではあると思うのですが、日本で起業されているインドネシア人社長と、「技能実習生制度に一石投じたいね」という話になり、新規事業の準備が始まりました。

Interviewer日本の将来を考えても大切なことになりそうですね。今後はどのように展開されるのですか。

Kameokaインドネシアの学生も「日本語を話せる=良い仕事がある」と思っていたり、文化の違いや考え方の違いを学んでいない場合も多い。

例えばリアウ大学の250人の学生は、語弊があるかもしれませんが「日本語が話せるだけ」。実際に日本に行ったことのある学生は数人だけで、ほとんどの学生は日本や日本人をリアルでは知りません。

それでは、日本で就職するどころかインドネシアの日系企業で働くことすら難しい。

そのため、語学だけでなく、日本人と働いたり、日本で生活する上で必要な知見を合わせて教育していく機関を作ろうと動いています。

前述のインドネシア人社長を通じて、自分の想定以上にお話が大きくなりながらも、日本で働きたいインドネシア人が日本企業で働き、日本社会に溶け込んで生活を続けるための下地作りをお手伝いできればと考えています。

正直、うまくいかないこと、思い通りにならないことも多いですが、笑うか泣くか選べるなら笑っていたい。何より、悲壮感を漂わせているとインドネシアでは浮いてしまうので(笑)、基本笑って暮らしてます。

ナレッジシェア&メッセージ

Interviewerありがとうございました。これから海外に出ていく方々にアドバイスなどいただけますか。

Kameoka自分の肌感覚を信じて行動してみることと、口で「なんとかなる」と笑いながら水面下で必死に動けば本当になんとかなることの2つです。

例えば、「移住」となるとハードルが高くて頭でたくさんのことを考えてしまいそうですが、「お試しで1ヶ月住む」なら旅行感覚で荷物を詰めて、気軽な気持ちで行けそうですよね。
生活水準はもちろん、食事は口に合うか?人との距離感は?など、行ってみないとわからないことが私自身多かったです。インドネシアのいいところ、妥協が必要なところ、インドネシアでやってみたいことなどを見つけられたのも、現地に行ったからこそ。

生活水準や生活リズムを知ったことで、インドネシアで暮らす間の仕事や生活をどうしていくかも見えてきました。

今のご時世、誰にとっても、きっといろんな生き方があるんだろうなぁと思いつつ。
そうなると、自分の人生について、自分で選択しているという実感が大切なのかなと考えながら、満足度高めな日々を送ることができている気がします。

海外で働く、暮らすという選択が大げさなものでなく、人生における一つの選択肢として考えてみる時に、何かのヒントになったら嬉しいです。
また、考えを整理したいという方には壁打ち相手くらいにはなれるかもしれません!お気軽にFBでご連絡いただければと思います◎

FB:https://www.facebook.com/manami.murata.35

Editor’s note

編集後記

まずは動く。ただ、やみくもに動くのではなく試して判断していく。
そんな考え方をとても興味深くお話を聞かせていただきました。
海外からの労働力確保はこれからの私たちにとっても重要な課題になってきます。
ただそれは私たちだけの課題ではなく、日本で働こうとしている人たちにとっても重要な問題。
そんな課題を現地から解決していこうとしているKameokaさんのビジネスには大きな将来性を感じました。

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