
Iku老師
Profile
海外への興味もない学生時代。通常授業に加えて教職課程とバイト漬けの毎日を送る。
そんな中、マンネリ化した日々を変える為、一念発起して台北旅行へ。
その際の色んな方たちとの運命的な出会いにより人生が大きく変わる。
国際結婚、海外での就労、そして現在はYouTuberとして台湾、日本の橋渡しを担う。
YouTube Iku老師/Ikulaoshi
弊社の台湾メンバーから「台北に面白い日本人YouTuberがいる」と聞き、早速動画を見てみた。
言葉はわからないものの、とても楽しそうに。そしてとても丁寧に情報を伝えようとしていることは強く感じた。
海外で仕事をすることはもちろん、現地の言葉で現地の人に色んなことを的確に伝えることは難しい。
何故YouTuberという仕事を選んだのか、それに至る経緯はどのようなものなのか強く惹かれてコンタクト。
インタビューの機会をいただき、現地に飛んだ。

海外のことなど考える暇はなかった学生時代
Interviewer現在YouTuberとして大活躍のIku老師ですが、学生時代から映像制作やタレント活動に興味があられました?
Iku老師いえいえ、まさか当時はこんなことになるとは(笑)学生時代、特に大学時代は学費を自分で払う為、バイト漬けの日々でした。
教職課程も取っていたのでほとんど遊ぶ時間もなくて。
ティッシュ配り、居酒屋、草むしり。色んなバイトを掛け持ちしながら普通よりも多めの単位もしっかり取って。
それなりに稼いでいましたが、かなりしんどかったのを覚えています(笑)
とは言え、4年生にもなると単位もアルバイトも少しずつ余裕が出てきました。
ありがたいことに大手企業から内定もいただいていましたし、卒業後のこともある程度見えていました。
そうこうしているうちにある日の夜勤明け、たまたまHISの広告を見たんです。
そこで「ずっと働いていたし、就職前にちょっと海外でも行って現実逃避しておくか」と思いました。
Interviewerやっと大学生らしい選択を(笑)初海外はどちらに?
Iku老師いくつか検討してみたんですが、勝手なイメージで「ハワイはお金持ちが行くところ」「ソウルはハングルが読めないので困りそう」という結論になって。
「台湾」は「未知」な感じがして興味が沸き、台北に2週間行くことにしました。
そこからは全部自分流。旅行本も買わず単身乗り込む感じです。
ガイドブックは写真が美しくって説明文もしっかりした文章で書かれている。だけど「実際に現地にいったらがっかりした」とか聞くこともあるじゃないですか。
キラキラした話もいらないし、自分で現地に行って色々行ってみようと。
まぁ実際行ってみたら何もわからないし、行くところなくて困ったんですけど(笑)
それで公園で絵を描いていたら日本語がしゃべれるおじさんに会って。
「どうしたの?」「行くところがないんです」とやり取りしていると「じゃあ九份に行ってみなさい」と。

全て偶然から始まった。人生が変わる始まりは九份に
Interviewer公園で?そんな偶然あります?(笑)
Iku老師あるんです(笑)しかもその時にいった九份で奥さんに出会ってますから(笑)
おじさんのアドバイスの通り、九份にいって普通に観光していたのですが、その時に立ち寄ったお店で店員をしていた女性が今の奥さんなんですけど日本語で話をしてくれたんですね。
「高雄に素敵な日の出が見れる鵝鑾鼻という場所がある」と教えてくれて。
早速行くことにしました。
ただ間違って各停に乗ってしまったり現金の持ち合わせがないのに両替したくてもできなかったり。

Interviewer結構無茶な旅をされていますね。
Iku老師本当に(笑)タクシーの運転手さんが親切な人で無料で目的地の途中まで連れていってくれたり、帰りも東側経由で台北に帰ろうとしていたら途中で道を教えてくれた人が、わざわざ車で戻って来てくれて乗せてくれたり。
その方には食事もご馳走になったりしました。
日の出自体は現地が曇りで見えなくて「多分こんな風景だろう」と想像だけして終わったのですが、それ以上に現地の方々の優しさやコミュニケーションの楽しさを知る2週間になりました。
そのまま九份に戻り、日の出を教えてくれたお店に報告とお礼を伝え、日本に帰って来ました。
Interviewer初めての海外を終わられていかがでしたか?
Iku老師とても良い経験ではありましたが、あまり余韻に浸る間もなく色々と動き出していきました。まずはオカリナ屋さんが日本に遊びに来たんですが、案内などしているうちにお付き合いすることになりました。
また早々に将来を話すような感じにもなったので「日本に呼ぶかどうか」という問題にも直面します。
私の決断は「日本に呼ぶのも申し訳ないので私が台湾に行こう」というもので、内定も辞退して台湾に移りました。
教職は取ってあったので現地で日本語教師をする手もあるなと。
台北に来てからは必死で1年間、日本人の留学生に交じって中国語を勉強しました。
彼らはどちらかというと日本人同士で集まったり、勉強よりも台湾での生活を楽しむ傾向がありましたが、私は生活が懸かっていますし言葉の必要性など動機がはっきりしている。
日本語を学びたい台湾の友人と言語交換も1日2時間は行いました。

自分のスキルや得意分野を活かし居場所を作る
Interviewer一気に台湾での生活基盤が固まっていった感じですね。
Iku老師家庭もありますし、そもそも言葉が話せなければどうもできないですからね。
そのころ、奥さんも九份での仕事を辞めて台北に来てくれていましたし。
仕事も自分で探しました。
日本人が見るようなサイトではなく、台湾の人が見るようなサイトで探すとそれなりに見つかるもんなんです。
最初は塾で講師をしました。教材も自分で作るような感じです。
また教材を作ったりしているうちに、その教材を取り扱う出版社にも所属。
2つの仕事でそこそこ稼げるようになってきました。
Interviewer日本で身に付けられていたことが生きていますね。
Iku老師5年くらい経つと総編集長という役職にもなっていました。
また海外事業部、海外に台湾の書籍を売る部署も担当していくことになり、色々と試行錯誤していくと、そもそも雑誌、本を読まない事実を痛感することになります。
次第に「折角作っても読んでもらえないということは世の中に貢献できていないんじゃないか」と思うようになってきました。
これはまずい。と思い会社に新しい商品「動画」を軸にすることを提案します。
今後、本とや雑誌よりもはるかに大きな効果が出る媒体だと思っていましたし音もつけられる。
目だけではなく耳にも訴求できるのは大きいじゃないですか。
私のチームでもやっていきたいと直訴しましたが会社としては自社のビジネスモデルとは違うので「NG」ということでした。
Interviewer折角のチャンスを、、、会社は勿体ないことをしましたね。
Iku老師とは言え、実績も何もないのは確かなので個人的に色々と試してみました。
そうしていくうちに台湾に来てから培ったコネクションもあり半年ほどすると少しずつお仕事をいただくようになりました。
そのまま世の中でも動画が盛り上がって来ましたし「これはいけるんじゃないか」と感じていると、実際に月の動画制作が本業のお給料を超えるようになってきて会社を辞める決断をしました。
Interviewerそもそも動画編集などはされていたんですか?
Iku老師編集も独学と友人からのレクチャーで学びました。
複雑なことはいらないので基礎的な事を教えてもらう感じです。
今は便利なソフトも多いので2か月程度である程度は習得できました。
これも語学と同じで必要性があれば色々と努力も工夫もしますよね。

見る景色が毎日変わっていった
InterviewerここからYouTuberとしてのIku老師が始まる訳ですね。
Iku老師最初は「日本語を教える動画」を軸にファンを獲得していきました。
そうしていると企業から動画作成のオーダーも入ってくる。
その動画をファンに訴求していく流れです。
色々と経験していくと面白いことにも気づきます。
台湾のかたは「自分の国がどう見られているのか」に強い興味を持っています。
なので「日本人からみた台湾」などはコンテンツとして有力です。
とても素敵な商品や観光資源はまだまだ台湾にあるのに上手くアピールできていないものも沢山あります。
こんなことを考えて動画を作っていると色んな仕事をいただけるようになりました。
InterviewerYouTuberの楽しさは?
Iku老師自分で発信する動画も企業から依頼を受けて作る動画も、扱う情報や商材は毎日違います。
使う頭が違うということなので新鮮です。
またお会いする方々もジャンルが違いますし、行政のお仕事だと市長と直接お話することもあります。
企業でも代表のかたとお話することも多い。やっぱりテンションはあがりますよね。
動画を作り始めてから今までに目の前に広がる景色がどんどん変わっていきました。
また今後楽しみにしていることとしては、私がプロデュースした商品やツアーを販売していきたいと思っています。
観光地の紹介動画を作るだけではなく、リアルなものでアピールしていきたいんです。
あとは次の世代のYouTuberを育てていきたい。
事務所を作って彼らからお金を取るのではなく、純粋に楽しんでくれる若手を増やしたいんです。
Interviewer確かに次世代の育成はどこでも重要や課題ですよね。後進の為にもこのお仕事で気を付けていることはあります?
Iku老師重要なのは「面白い」かどうか。もちろん悪いことではないことが大前提です。
お仕事の類としては観光系でもグルメでも商品紹介でも何でも構いません。
歌手やクリエイターのかたとのコラボプロジェクトなどは面白そうだと思ったら無料でやったりすることもあります。
実際、報酬額で選ばないことも多いんです。
コラボしてくれたかたのファンにも知っていただけますし、私のファンに紹介することもできます。
面白そうなことができる上に、未来に繋がるブランディングがお互いにできるということに大きな価値があると思っています。
ここは個人でやっている有利な点ですよね。事務所に所属しているとそうは行きませんから。
また当たり前ですがファンを大切にすることは心掛けています。
お仕事に繋がる可能性はもちろんですが、私だけではなく周りのかたを含めて繋がっていますから。
Interviewer失敗もありました?
Iku老師もちろん沢山あります(笑)思ったように再生回数が増えない動画もありますし。
特にそれが企業からの依頼だった時は大変ですよね。
もちろん私の責任でもあるので、自分で広告出稿してみたり私のファンにシェアすることもあります。
あとは、、、1日かけて作った動画が納得がいかずに作り直すということも(笑)
これも自分の拘りなので仕方ないことですし、楽しいので問題ないのですがこういったアクションは減らしていかないとダメですね。
Interviewer失敗談に続いてですが、Iku老師は海外で辛いと思うこととかありますか?
Iku老師やっぱり日本の家族になかなか会えないことは辛いですね。
両親が体調悪くなったとしても支えてあげることができない。
親の時間の積み重ねが見れないというのは、ふとした時に悲しくなることはあります。
また日本の食べ物は恋しくなる時があります。
味も素材も。これは日本人なので仕方ないですよね。
だけど台湾で結果をしっかり残すまで、簡単には帰らないでおこうと思っています。

ナレッジシェア&メッセージ
Interviewer貴重なノウハウなどありがとうございました。最後に読者のみなさんにアドバイスなどいただけますか。
Iku老師何だかんだ言ってもやはり「自分でリサーチする力」は重要だと思います。
もちろんそこに語学も紐づきますよね。
行きたい国があるのなら、日本で日本語のサイトだけ見ていてもダメです。
どんな場所なのか、現地で何が起こっているのか、それを自分で調べていくことが大切です。
また実際に調べたことを自分で体感する。
仕事をするにしても現地の習慣や温度感を実感して、馴染んでいく必要があります。
語学もそう。
結局は語学も足し算なので、どれだけ使ったか。話したか。その時間によって上達スピードは大きく変わります。
もちろん「ただ現地に来た」「取りあえず現地の言葉を少し話した」ということに大きな意味はありません。
きちんと努力をして「中国語が話せて動画も作れる日本人」になれば、それだけでも多少はアドバンテージになるじゃないですか。
しっかりとした目的意識を持って、気合を入れて取り組むことで成功の確率が大きく変わってくると思います。
あとは「海外に出る」という意味をきちんと理解しているか。
海外の人の心を掴もうと努力しているか。「日本」という看板を背負っているという認識はあるか。
海外では日本は「良いものと作る国」「素敵な文化を持つ国」と見てくれる人は多いですが、経済状況などは「ピークを過ぎた国」と思っている人も沢山います。
もちろん合っている部分もありますが、間違っている部分もある。
それは私たちが、ちゃんと伝える努力をしてこなかったという問題もあると思うんですね。
理想も信念もないまま、軽い気持ちで伝えても伝わることは少ない。
5年後、10年後どうなるかわからないご時世だからこそ、どうせ海外に出ると決めたならしっかりと結果を出せるよう考えて欲しいと思います。
Editor’s note
編集後記PCやスマホの中にいるIku老師と目の前で真摯に語ってくれるIku老師。
どちらも「しっかりと自分の言葉で伝えたい」という気持ちが強く伝わってきました。
「海外」はもちろん「YouTuber」というキーワードはとても華々しく目に入ってきますが、「それらを実現する為に積み重ねてきたこと」「それらを続けていく為に信じていること」のどちらもとても重要で、大きな覚悟が伴うものです。
海外での生活、勉強、仕事の全てに共通して必要なものをしっかりと続けていくこと、私自身も肝に銘じたいと思います。