タイで感じた解放感。人生の半分以上を過ごして決めた自分の居場所。

2020.03.10

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プロフィール

Shinto Okukawa

海外での生活や活躍を願う両親のもとに生まれ、幼稚園の時から英会話スクールに通わせてもらうなど、英語&海外が身近な環境に育つ。
中学生3年生の時、タイで事業を起こす家族についていく形で日本を離れる。
家族が日本に戻ることになりタイを離れる中、自分は残る決断をしタイの大学を卒業。
現在はLINEやFacebookのスタンプを取り扱う株式会社クオンに入社し同社タイ支社長を務め、タイの市場開拓に邁進している。

株式会社クオン:https://quan-inc.jp/

筆者のビジネスパートナーの紹介でバンコクのカフェGABIKAPI(https://www.facebook.com/gabikapithailand/)で待ち合わせ。
ライセンスビジネスを展開されている企業のタイ支社長と聞いていた彼は、想像していた以上に若く爽やかで素敵な男性でした。
社会人になってからではなく学生時代に家族で移住したご経歴なども興味深く、仕事以外のこと含め色々とお聞かせいただきました。

当たって砕けろ!の精神で状況を楽しんでいく

Interviewerタイに来られたのはいつ頃ですか?

奥川さん僕は中学3年生の終わり頃に仕事でタイに行くことになった家族についてくる形で。今で13年くらいになりますね。
最初のうちはもちろん日本語しか話せず、英語に至っては日本にいる時もクラスの下の方でした(笑)
そんな状態だったんですが、インターナショナルスクール的なタイ人の先生と英語のネイティブの先生がいる学校に入り2つの言語に揉まれる日々が続きました。

Interviewer結構大変そうですよね。

奥川さん授業はほとんど英語で最初のうちはかなり苦労しました。
周りに日本人はいない状況でしたし。
もちろん学校の9割以上がタイの人。
家族が日本に戻ることになるのですが、編入していたこともあり私はタイに残り高校もこちらで進学。
結局大学もこっちの学校を出ました。

Interviewer何かのタイミングで日本に帰りたいとは思われませんでした?

奥川さん生活の基盤がこっちになっていたので「今更日本に戻っても、、、」という思いが常にありました。
就職も同じで、今の会社に入るときも「タイで働ける」ということが条件の一つになっていました。
もちろん入社してから暫くは研修も兼ねて日本で働いていたのですが、ある程度日本での業務も形になってきたので、今はこちらの事業を全体的に見るということで担当してます。

Interviewer15歳からこちらに来られて英語、タイ語が話せるようになるまでどれくらい掛かりましたか。

奥川さん授業は英語がメインでしたが、まず英語よりもタイ語が先に身に付きました。生活に必要だったということが大きいですよね。
そもそも周りはみんなタイ語を使いますし、使えないと日々の生活がおぼつかないですし(笑)
みんなの話を聞いたりして色々学んだことが大きかったです。
今のレベル(仕事でタイ語ネイティブとやり取りできるレベル)になるまで2年くらいかかりました。

1年目は発音と文法。文法は日本語と真逆なので順序が違ってしまうことがあって、よく友人に突っ込まれました。
あと日本人のタイ語の発音がタイの地方の発音のような訛りがあるようで、イジられながら学んでいった感じです(笑)

僕はその状況に恐怖心とかイジメられているとか思ったことはなくて「みんなが楽しんでるならラッキー」って思っていました。
「当たって砕けろ!」の精神で周りと接していましたね。

2年目くらいから普通に会話が成り立つようになってきて、今も会社では全てタイ語でコミュニケーションを取っています。

日本には「行く」、タイには「戻る」感覚が強い

Interviewerタイでの生活が普通になってから日本に戻って3年。どんな感じで過ごされましたか。

奥川さん 最初に社長と話をしていた時は「日本で半年」だったんです。それがなんだかんだで延びてしまって(笑)
3年目の終盤に「会社を辞める」か「タイに戻って仕事を続けるか」を相談しました。
結果「タイに行っていいよ」ということになったんです。

私自身の感覚でいくと「日本に戻った」というより「日本に行った」という状況でしたね。
生活レベルでいくと、タイにも通勤ラッシュはあるんです。
だけど東京の街並み、日常などを含めて繰り返すことにすごくストレスを感じました。
個人的に。なんですが「みんな辛そうだなぁ」というように見えて。

タイにいた時は色んなことが急に変わったりしたんですね。法律とか制度とかも。
必要に応じてガラッと変わることを色々経験しました。
日本は何でもしっかり考えて時間を掛けて検討していく。いい意味でも悪い意味でも「箱の中に納まった」感じのする国。
日本では周りの目が気になったりしますが、タイではそんなのいい意味で気にしない(笑)

後で代表から聞いた話ですが日本で3年目、進退の相談をしていた当時の僕は「とても辛そうだった」とのことでした(笑)

Interviewer解放感というのでしょうか(笑)それは最初からありましたか。

奥川さん いえ、やはり最初は未知な環境、状況への不安が強かったです。
不思議と恐怖感は無かったんですけど(笑)
周りに恵まれていたんだと思います。
もちろん最初の1か月とかは一人でいることも多かったんですが、こっちはすごくフレンドリーなのですぐに何とでもなりましたね。
私の場合、日本の友達よりもこっちで一緒に過ごした友達の方が多いです。

その国の良いところを理解し活かすことを考える

Interviewer日本で働かれた時期に感じた「日本の良い点」「タイの良い点」はどんなところでしたか。

奥川さん 日本で感じたのは「基礎がしっかりしている」「何かをすることに対するプロセスをしっかりと踏む」という点ですね。
1から10、しっかり考えていて共通認識されている。
このあたり、普段あまり意識していなかったのですが、日本で働いたあと戻ってきてタイのチームと働いた時に再認識しました。
社内でのやり取りなども日本のチームはツールやスレッドが整理されていてる。
こちらもツールやスレッドの利用ルールはあるのですが、暫くすると混線してきて「これなんの話だっけ」となってしまうことが少なくないんです(笑)
それを纏めること、情報整理やマネジメントに使う労力は大きいように思います。

とは言え、日本のやり方をタイのチームに根付かせることができるかというと「根付かせるべきなのか」という観点でもコントロールすべき点、すべきでない点などあると思っていて。
もちろんコミュニケーションに関することは仕事に関わってくるので意識的に交通整理はするようにしています。

お客さんへの提案なども日本の場合は細かいところまでカバーした上で行うことが多いじゃないですか。
タイのクライアントはあまりそこは見なくて、まずどんなことができるのかをハッキリさせることが求められたりします。
「日本だと炎上しちゃうかも、、、」というようなネタもこちらでは「やってみようよ」となることもあります(笑)
どちらもそれぞれの国の良い点だと思いますね。

あとタイの人のポジティブさ。これは凄いです。
宗教の関係もあるかもしれないですが、やはり精神的な支えが明確なんだと思います。
何か困った時に気持ちが安らぐ、休まるものがあるということは大きいですよね。

Interviewerお仕事を通して新たな気づきなどでてきますよね。

奥川さん やはり言葉に関して、自分のタイ語がビジネスレベルに達していないことを感じることは少なくありません。
日常会話がメインだったということが大きいのですが、提案の時など社員から学ぶことも沢山あります。

最近はクライアントへの提案時に、私ではなく社員がプレゼンなどする機会が増えているのですが、彼らの話す内容を聞いて表現や構成など「タイ語ではこういうと、より意味が通じるんだな」となることも。
仕事を始める前までは日常会話に関してはネイティブに近いレベルまで到達していると自己評価していたのでとても大きな気づきになりました。
自分で体験することで分かったことです。

Interviewerお仕事に関連しますが、就活についてもお聞かせください。

奥川さん 日本の企業、タイの企業とこだわりはなく仕事を探していたんですが、エージェントに行くと「ここどうですか?」と日本の企業を勧められます。
もちろんそうなりますよね(笑)
それ自体、私も良いと思っていたのですが、1点だけこだわりとして「工場関連以外」と決めていました。
とは言え、やはりこちらに拠点を持っている日系企業の多くは工場展開しているところが多く、今の会社に至るまで時間が掛かった印象ですね。
日本だと1年くらい前から就活しますが、こちらだと数か月前。
今の会社と話が進み、「夏休みだけインターンに来て」ということで日本に行って、決めた感じです。

Interviewerもしタイで就職していなかったとしたら日本に戻られていましたか?

奥川さん 日本はないですね(笑)最近、仕事でベトナムに行くことが多くなっているのですが、ベトナムも魅力的な国だと思います。
みなさんしっかり考えて動いているイメージですし、プライドを持って仕事されていると感じるので、しっかりコミュニケーションの取り方を考える必要があると思っています。
色んなことも契約書をキチンと巻いて進めています。
このあたりマネジメントに影響があるとは思いますが、そこが面白そうだなと感じています。

Interviewer今ではかなりタイに根を張られていますが、最初の印象はどうでしたか。

奥川さん そうですね。来た時に結構なカルチャーショックだったのは「値切る文化」ですかね。
値切らないと結構エグイ金額で買わされてたんだな。とかはありました。
同じお店に行った時に、私一人の時とタイ人の友人と一緒の時と値段が違うんですよ(笑)
ひどい時は倍以上の差があったり。

関連しますがタクシーがぼったくり気味というのも驚きでした。
もちろん事前に少しは聞いてたりしましたが、ここまで酷いとは、、、と。
今でもタクシーの運転手さんには聞かれない限り、自分の国籍は言わないようにしています。
どうしても日本人だとぼったくられちゃう気がして。

その一方で、タイ人もぼったくられているんだな。というのも新しい気づきとしてありました。
タイって通勤ラッシュやお祭りとかの都合で、混む場所、時期があるんですね。
その時はタイ同士でも「こんなに掛かるの?」「嫌なら他のに乗って」とかやり取りしています。
国籍どうこうではなく「こういうもんなんだ」と今は理解しています。

あとは仕事の話なんですが、タイでも値引き交渉は必ず入ります。
定額サービスに対してもです(笑)
なのでそこをしっかり認識することは心がけています。

Interviewerこれだけ長くタイで生活していると危険な経験とかありましたか。

奥川さん そうですね。東南アジアは危険だ。と言われることが多いですが、ほんとに「危険」と感じることは少ないですね。
もちろんフィリピンなどまだ行ったことがない国もあるので個人の経験上にはなりますが。
意外と来てみると何とでもなることが多いし、特にバンコクとかの都市部は比較的安全だと感じています。
タイに限っちゃいますが「働く」となると必然的にバンコクになると思いますし。

女性の夜の一人歩きとかも、あえて危険な地域に行かない限り滅多なことはないですよ。
映画やドラマみたいに「筋一本間違ったら銃で脅される」ような環境ではないですし(笑)

Interviewer女性というキーワードが出たので聞いちゃいます。タイでの恋愛事情はどうですか(笑)

奥川さん 僕は結構若いタイミングでこっちに来たので今までずっと彼女はタイの女性でした。
なので日本との比較は難しいんですが、よく「タイの女性は束縛する」と聞きますね。
僕自身はあまり感じたことはないんですが、タイの男性は気が多いらしくそのあたりと関係してカルチャーになっていったのかもしれないですね。
もちろんタイにも真面目な男性は沢山いるのでそうは言いきれないんですけど(笑)

ただやはり恋愛すると語学力はとても伸びます。
私も2年目でスキルが伸びた原因の一つはタイで彼女ができたことです。
ある意味「語学力」の為にパートナーを探していたのかも。
もちろんこれはいい意味で。なんですが、この辺りを意識していくと「気持ちを伝えるには」「相手に失礼な言い方にならないためには」と考えるじゃないですか。
目的がはっきりしていきますよね。それが重要なんだと思います。

Interviewer確かに海外で活躍されている方の多くがそう仰いますね。他にもおすすめの学習法などありますか。

奥川さん 僕なりの勉強法にはなるのですが「語学スクール」には絶対に入らない。
もちろん個人差はあるんですが、僕の場合は言葉を「勉強」としてとらえた時点で身に付きづらくなると思うんですね。
もともとはコミュニケーションの為に身に付けたかったものが「過去形が」「過去分詞が」とか勉学として学ぶことで苦手意識がでてきてしまう。
実際に話せるようになってから「これはこういうことだったんだ」と文法なども理解していくようになります。しかも理解が早い。
なので言語・言葉は勉強として学ばない。

英語に関しても僕なりの方法があるんですが、洋画や海外ドラマを見て、周りの外国人と話す時に使っていったんです。
この方法を少し細かくお話すると、まずは好きな洋画を2~3本選ぶんですね。
まずは吹替でみて、内容を理解する。
次は「字幕あり」でオリジナルの言葉、俳優さんの話している内容で耳を慣らしていきます。
それを繰り返して字幕が無くてもだいたい言っていること、内容がわかるようになってきたら字幕を「英語」に変えちゃいます。
聞いてること、認識できていることが字幕と合っているかを確認して、問題なくなってきたら字幕も消してしまうんですね。
その状態で内容が理解できるようになったらかなり力がついてきます。
1本あたり10回は観ないとだめだと思いますが、自分の好きな映画だったら苦になりにくいですよね。
高いお金払ってテキストを買って、音声ファイルをダウンロードして、、、とかよりかなり効果的だと思います。
僕は「デュー・デート」という映画でこれをやりました(笑)

あともう1点。
日本人に限らず、海外に長期間居ると自分の国の人で集まっちゃうんです。
それは避けた方がいい。
これは僕が15歳の時から居る中で思っていることで、そうしなかったから今の自分があるとも思っています。
意思疎通もままならない状態は怖いですが、そこで止まらず勇気を出して現地の人とコミュニケーションを取るべきだと思います。
折角海外で学ぼう、働こうと思っているわけですから一歩踏み出して、言葉でなくても身振り手振りで伝え合うほうが良いですよね。

大きな決断は自分で。取ったリスクで未来が変わる

Interviewer貴重なアドバイスありがとうございます。経験をシェアいただく流れで「海外にいるとこれが欲しくなる」などあれば教えてください。

奥川さん 「お味噌汁」みたいなものですよね(笑)
僕はカレーライスですね。日本のカレーライス。バンコクにもココイチがあるんですが週一で行っています(笑)
Grabのデリバリーのサービスでオフィスまで持って来てもらいます。
あとはラーメン。このあたりは月に数回食べてないと「食べたいな」と思います。

1つ、初期の印象でびっくりしたことを思い出しました。
こっちの人は外で食べるか、買ってきて食べるかになります。
屋台が安すぎて自炊のコスパが極端に悪いんですよ。
こっちに来てからも、私の家では母親がちゃんと何品も作って食卓に並べてくれている。
それが当たり前だと思っていたですけど、友達の家にいくと屋台で買って来たものがそのまま並べられていて(笑)
缶詰がそのまま並んでいることも普通にありました。
美味しいからいいんですけどね(笑)

Interviewer確かに日本とは違いますね(笑)念の為再確認です。このあたりも踏まえて将来的に日本に戻るご予定はありますか?

奥川さん ないですね(笑)逆に親に「タイに戻っておいで」と言っています。
両親もこの提案に乗り気です(笑)
タイの他であればカンボジアかな。
カンボジアはタイにも似ていますし、街も都心部はとても整備されていました。
生活として何も問題なく成り立つと思いますね。

Interviewerありがとうございます(笑)最後にこれから海外に出ようと考えている人にアドバイスをお願いします。

奥川さん 海外に出ることになった環境。今となっては感謝しています。
親がどういう感覚なのかも結構大きな要素なんだと。

他は自分自身で判断すること。
私の場合は親が先に日本に帰ったんですが、その時に「どうする?」となったんです。
自分で「残る」と決めたのですが、そんな状況になった時にどれだけ勇気を出せるか。

ほんとに何とかなるので、リスクがある選択肢を取る。
やはりそっちの方が自分の人生にとってのリターンは大きい。
行かないとわからない。やってみないとわからない。
少しでも興味があるのであれば動いてみることをお勧めします。

編集後記

15歳という年齢から海外で過ごしている奥川さんのご経験は私にとっても興味深いものでした。
物心がつくかつかないかのタイミングでとても大きな決断をし、海外での生活を続けるということは中々壮大なことだったと思います。
その中で得た知識や経験はChiitaの読者のみなさんにもきっと役に立つものだと思います。

タイ、バンコク。
私自身、想像していた以上に生活しやすそうな印象の街でした。
繁華街は若い世代の活気にあふれ、少し離れた遺跡の街には年配の方がゆったりと過ごされている。
奥川さんがバンコクに魅入られる理由もわかるように思いました。
また何度か足を運ぶことになりそうですが、この街にフィットしていくのが楽しみです。

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